「ごめん」が飛び交う組織づくりが大切な理由

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先日、小学3年の息子の友だちが我が家に遊びにきていた。その友だちが庭に置いてあったラグビーボールを不意に蹴ったら、妻の車に直撃。ボンネットが凹んでしまった。その一部始終を見ていた小学5年の女子たちが「ちゃんと謝ったほうがいいよ!」と助言をしたが、その子は謝ることができず。少し遊んでいたが「僕そろそろ帰らなくちゃ」とボソッと言った。時計を見るといつもより帰宅時間がだいぶ早い。少しバツが悪かったのだろう。結局その子は謝ることができないまま帰っていった。

子どもがしたことではあるが、車を大切にしていた妻はモヤモヤしていた。ボンネットの凹みを見て気持ちも凹んでいる。それ以上に「ごめんなさい」を言わずに誤魔化しているその子へのモヤモヤが心の中を多く占めていた。その場に「ごめんなさい」の言葉がないことで、被害者もその場に居合わせた子どもたちもみんながモヤモヤしていた。一番モヤモヤしているのは恐らく加害者本人であろう。

歳をとるほど「ごめんなさい」が言えない

これは子どもの世界だけの話ではなく、実は大人の社会でも頻繁に起きている現象だったりする。

とにかく「ごめん」が言えない大人は多い。歳をとるほど言えなくなる言葉のようなのだ。何を隠そう私もそのうちの一人だ(^^;汗)とくに家庭の中でサラリと言えない。私は、電気の付けっぱなしが多い。妻から「二階の電気つけっぱなしだよ。」などと指摘されることがある。その時にさらりとゴメンが出ない。謝るどころか「あ〜、ちょっと仕事しようと思って付けといたんだよー」なんて、つい正当化してしまう。そして何もなかったかのように振る舞おうとしてしまう。

私は日頃から、子どもたちにも節電・省エネの話をしている。そのため、自分が非を侵した時は非常にバツが悪い。無意識でとっさに誤魔化したくなる。また「私は毎回ではないし・・・」と心の中で言い訳をしてしまう自分もいる。しかし、そこで「ごめん」と言えない姿は、周囲はとても残念に感じる。他者からは自分に甘い人と映る。そして信頼を失っていく。

小さな”モヤモヤ”感情から関係性の希薄化は始まっている

こうした現象は、職場でも毎日頻発している。なぜなら、1日の仕事の中でミスが起きない日はほとんど0に近いからだ。その時に「ごめん」の一言がないと組織内にモヤモヤが発生する。そのモヤモヤした”小さな感情”から関係性に歪みが生まれているのだが、世の大人たちはみんな自分の感情に気付かないフリをして平然を装って働き続ける。自分の感情を無視して、仮面をつけてコミュニケーションを取り始めると、関係性はどんどん希薄になっていく。小さな”モヤモヤ”感情の発生から、関係性の希薄化は始まっている。

なぜ「ごめん」が言えないのか?

なぜ、「ごめん」が言えないのか?

先ほどの子どもの事例で考えるととても単純だ。怒られることを回避しようとするためだ。怒られるのが怖い。怒られるのが嫌だ。という防衛本能が働いている。

では、大人の場合はどうか?もちろん、院長や先輩から怒られることを回避しようとする場合もあるだろう。私の事例から考察すると、自分の体裁を保つため。恥を晒さないため。他者からの評価を落とさないため。など、大人も自分自身を守るための防衛本能が働いている。

子どもも大人も、みんな傷つくのを恐れている。そのために自分を守ろうとして「ごめん」が言えなくなっているのだ。

「ごめん」が飛び交う職場チームをつくるには?

1)安心安全の場づくり ・・・まずミスしてもOK。ミスに対して寛容である安心安全の文化づくりが大切だ。「ミスをしたら評価が下がる」「怒られる」と思うと、カラダが硬くなりパフォーマンスは下がりミスを誘発してしまうのだ。最悪のケースはミスの隠蔽だ。怒られない様に、評価が下がらないようにミスを隠す行為に及んでしまうことだ。これは誰も望まないはずだ。よくスポーツの指導者を例に「ミスをして怒鳴る指導者」の元では、選手は萎縮してしまいかえってミスを繰り返す結果になるという話がある。ミスの原因も解決していないたため、ミスは減らないし選手も全く上達しない。まずはミスしてもOKという安心安全の場づくりが大切だが、仕事に対して甘くなれと言っているのではない。「なぜミスが起きたか?」ミスの原因を追求する仕事への厳しさは大切だ。

2)失敗から学ぶ文化づくり・・・誰かがミスをした時は、そのミスを教材にして組織内に学習文化を築くことができる。誰かのミスはみんなが学ぶチャンスであり、組織が成長するチャンスだ。ISO9001では、ミスが起きた原因を考える際に”なぜそれが起きたのか?”を5回繰り返して掘り下げることが大切だと言っている。そのくらい現象に厳しく向き合い、失敗から学ぶ文化づくりをしたいものだ。それは成長する組織づくりにも繋がる。少し面倒に感じるかもしれないが、起きた現象に対して、まずは院長もスタッフと一緒に向き合い、原因を一緒に考える関わりが大切だ。ミスの原因が特定でき次に同じことが起こらないための対策ができたら、次にチャレンジできるように、ミスは水に流して、心には「ドンマイ!」と温かく接することが大事だ。そうしたら「もう一度チャレンジしよう!」とカラダの内側から意欲が湧いてくる。そしてみんなの学習機会のための、失敗事例を作ってくれたスタッフに感謝したい。ここまでの文化がつくれたら最高だ。

3)オフサイトで”自覚”と”口癖”を育てる・・・そもそも本人は、自分が「ゴメンと言えていないこと」に気付いていない。私もそうだ。指摘されて気付くことがほとんどだ。だからまず自覚をもつことが大切だ。そして咄嗟に”ごめん”と言い慣れてないため、”ごめん”が口癖になるくらい身体に染み込ませる段階も必要だ。そのための方法として、オンサイト(通常の仕事)から離れて、オフサイト(通常の職場以外)で実施する研修やワークショップが有効だ。弊社で提供している「ラグビー体感型チームワーク研修」では、「安心安全の場づくり」「失敗から学ぶ文化づくり」「ごめんの自覚と口癖を育てる」コンテンツを、通常プログラムに含めてご提供しているため、オススメだ。

「ごめん」から築く信頼関係

「ごめんなさい!」「すみません私がやりました!」こんな言葉をスタッフが素直に言えている時の職場は、とてもいい関係性が築けていて、経営的にもいい結果につながっているものだ。組織を観察する時に注目しているポイントの一つだ。

私は「ごめん」と素直に謝れる大人が好きだ。そんな大人を自然と尊敬してしまう。大人として院長として社会人の先輩として大切だと思うのは、「完璧な姿を見せること」よりも「間違いや失敗をした時に、どうあるか?」の見本をみせることではないか。その時にその人の本質が問われる。誠実な人か不誠実な人か?信頼に値する人かどうかが問われる。その時の振る舞いで「相手と信頼を築く」見本を見せられる大人でありたい。

「ごめん」と「品位」

余談だが、ラグビーでは競技規則「 World Rugby Law 」の前文に、ラグビー憲章を掲げている。ラグビー憲章とは、ラグビーをやる人も見る人もみんなが守るべき5つの価値(品位・情熱・結束・規律・尊重)からなる。その一番最初が「品位(インテグリティ)」だ。カラダとカラダが激しく接触し、体力も激しく消耗するスポーツであるがゆえ、感情は激しく昂る。そんな中でも「品位」を保ち自分自身に正直である紳士であれ。という想いが込められているのではなないかと私は勝手な解釈をしているのだが、「ごめん」という言葉は「品位」を保てていないとなかなか口に出せない言葉ではないかと感じる今日この頃である。